<死線から生還した男の闘病記>
1、「膠原病」「難病」という言葉
家庭内での私は属に言う「亭主関白」らしいが、父親の威厳と若気のいたりがまざったようなものと自分に都合のいいように解釈してやり過ごしていたが、人の意見と意志は大事にした。子供達はスクスクと成長し、妻は専業主婦、仕事はバブルの始まりの頃で順調で、平穏な毎日が結婚後7年間程続いた。当時の私には特別に目標もなく「働く」と「遊ぶ」の繰り返しで、家庭にも満足で世間一般並の生活にも満足していた。友人達も私の影響のせいか早婚が多く順次「結婚」して行って家庭を持ちだしたが、回数こそ減ったが「男の付き合い」と称しては悪遊びを続けたが、家族同士の付き合いも大事にしていた。とにかく問題の無い生活が続き、このままの流れで今後も続くのだろうとしか思っていなかった。
しかし、人生とはそんなに甘いものでは無かった。よく生命保険や宗教の勧誘も有り、紹介者の手前無碍に断れずに話しを聞かされたりしたが最終的には「大黒柱のあなたに万が一の事が有れば残された家族はどうなりますか?」というお決まりのパターンになる。
私はいつも「俺は死なないし、死んだら困るなら家族が俺を大切にしたらええねん。それでも死んだら家は有るから結婚した相手運が悪かっと諦めなしゃーない」と答えていた。頑固者、意地っ張りが当時は私の代名詞みたいなもので、それで突っ張り通せると思っていた。
「病気」は突然にやって来た。忘れもしない30歳の誕生日過ぎの出来事だ。日帰りスキーに行き転倒した時に「足首」を少し捻った。
私のスキーの腕前はセミプロ並で、レース以外はビンディングも中心から少しずれたら外れる様にセッティングして有る(骨折や捻挫をしない為)ので、捻挫した感覚は無かったし、その後も滑って無事帰路についた。そして3日後位から左足首が痛み出した。「何で足首が痛いねんやろ?」と思いながら、とりあえずシップ薬を貼って様子を見ていたが一向に良くならないので、翌週の日曜は安静にしていた。それでも良くならないので近くの外科に行く事にし、レントゲン結果は異常無しで、スキーで転倒した時に捻挫をしたという診断だった。それで私も「たかが捻挫なら時間が経てば直る」と安心して、それ以上は何も考えなかった。しかし「痛み」はひどくなるばかりか、ふくらはぎまで腫れだしてきた。
足首とふくらはぎの腫れの状態を見て、妻が「絶対におかしいわ。普通の捻挫じゃこんなにひどくならないわ。一度大きな病院に行ったほうがいいよ」と言われたが、「仕事休んで迄行ってれんわ。もうちょっとしたら直るやろ」と返事して数日を過ごした。しかし「痛い」のは私自身で有り、歩くのも左足を引きずる状態に迄ひどくなってきたので「このままではアカン、何かおかしい」と、さすがの私も限界を感じて他の病院へ診察に行く決心をした。この間で約1ヶ月以上が既に経過していた。
次に訪れた病院は、地元では有名な整形外科医だ。院長がヘルニア、リューマチ、ペインの名医と昔から評判で入院施設も有る個人病院で、噂は私も昔から知っていたし「治療が長引くなら近い病院に限る」という考えで行ってみた。
朝8時に行ってみたら、病院は開いていて待合室の椅子に30人程の患者が座って待っていた。とりあえず順番の空いた椅子に座り、隣の気のよさそうな患者さんに聞いてみたら「診察は9時からやけど、早い人は7時に来て表で待ち8時に玄関が開くと椅子に順番に座って待つのがしきたりになっとんや。昔は9時迄玄関は開けんかったが、表の行列がひどいのでやり方が変わったんや」と教えてくれた。診察券は箱に順番に上から入れるらしいが、私は初診で診察券が無いので、看護婦さんに説明は済ませておいた。「さすがに流行りの病院は違うな!せやけど毎日通院になったらこんなに待ってれんわ。ま、何か方法があるやろ」と考えながら名前を呼ばれるのを待っていた。
2時間程待たされてやっと私の順番になり、診察室に入った。医師はこれまでの経過を私に尋ねた後に患部を見て「レントゲンと採血が必要ですので、終われば前で待っていてください」と指示を出したので、私はレントゲン室、採血室と廻り再び待つ事となった。「脚が痛いのに、何で採血が必要やねん?ひょっとしたらエイズの可能性か?」とか悩んでいる内に再び名前を呼ばれて診察室にドキドキしながら入った。医師は「レントゲン撮影の結果では異常は有りません。病気には色々と有り他の病気が原因と考えられます。一般的に言えばリューマチも考えられますので、今日採血して貰ったのです。検査結果が出るまで1週間程かかりますので、飲み薬を出しますから来週また来て下さい」という診断でした。
帰宅して薬を飲み、左足は出来るだけ使わないようにしたが症状は改善しないし、痛みは酷くなる一方で1週間が待ち通しかった。
待ちに待った1週間が来て、診察室に入ると医師が「あなたは精神的に強いですか?」と聞かれたので「何を言われても大丈夫です(もしエイズだったらどうしよう?という不安は有ったが)」と答えた。次は「膠原病という言葉は知っていますか?」だったので、「名前だけは知っています」と答えた。その次は「難病はわかりますか?」だったので「聞いた事は有ります」と答えた。そして医師は「はっきりいいます。残念ですが、あなたは難病で膠原病です。近代医学でも解明されない部分が多く、完治は望めません。だから難病なのです。一歩間違うと命に関わる事も有ります。先日に出した薬で少しでも改善されれば、治療法も他に考える事も出来たのですが、悪化しているので通院では絶対に直せません。約1月入院して検査を進めながら治療をします。この病気には安静がポイントにもなりますから。家族の方には私から説明しましょうか?」と説明されたので「家族には自分から説明します」と答えたが、頭の中は真っ白だった。
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