<死線から生還した男の闘病記>
両腕の痛みで目覚めて「雨かな?」と思いながら時計を見たら午前2時だった。昔起こした高速道路での交通事故の後遺症のせいか、病気のせいかは医者も私も原因は分からないが、腕の痛みに対しては「トランキライザー」を毎日服用しているが、まだ飲む時間には早いのでそのまま眠りについたが、ウトウト状態が続く。耳を澄まして外の音を聞くと、やはり雨が降っていた。不思議なもので雨の日は必ず痛みの状態がひどいが、諦めるしかないだろう。次に目覚めたのは5時で枕もとに準備している薬一式(ステロイド、ボルタレン、血管拡張剤等10種類)を飲んでそのまま少しベッドの中で休息する。何故なら血管拡張剤は飲んでから15分で効果を発揮し始め暫くは体温が上がり、顔は真っ赤になり動悸も激しくなるからである。
そうしている内に2階から妻が降りてきていつもの生活がスタートし始める。私はベッドから起き上がり車椅子に乗り食卓へと向かい牛乳とコーヒーを飲みながらノートパソコンでメールチェックや郵便物の整理等をする。その間に妻は私の左足に出来ている潰瘍の消毒治療をしているが、この潰瘍は絶対に治らないでいつかは分からないが、ひざ下からの切断は免れる事は出来ない。「左足君、もう少し頑張って持ちこたえてくれよ」と心で思いながら身支度を整えて出社の準備が出来たので玄関まで移動して、電動4輪カートに移乗してガレージに向かい車に乗り換える。
そうだ、これから入る本編の前に少し簡単な自己紹介をしておこう。私は小さな会社の経営者であるが、難病患者(特定疾患)であり、右足大腿部から下を切断した身体障害者(1級)の46歳の男で家族構成は妻、長男、長女の4人家族であるが、自宅での生活は妻との2人の生活が4年以上続いている。唯一の楽しみは「公道バトル」で改造車を見つけると絶対に追いかけるし、この半年間は無敗中だ。必須アイテムは車椅子と(一時は義足も使っていたが2年前から訳があり使用を止めた)携帯電話とノートパソコンの3点。仕事はこれだけで十分可能だが、移動手段として自動車は必要なので自分で勝手に運転補助装置を開発して取り付けて一人で運転出来る様にし、車椅子もコンパクトで軽量化したのを改造して後部座席に積んで一人で出して何処にでも行ける様にしている。作った運転補助装置は「商品化」して現在販売している変な奴である。
私の考えは、無くした右足での障害は道具の使用である程度は補える(ノーマライゼーション)が、難病の影響で体中に血栓が無数にあるので「急死」は予想不可能なので時限爆弾を持ち歩いているようなものだ。だから、その日1日の仕事は絶対に翌日には延期はしないし、週間計画、月間計画も延長はしない。本来なら働けるような健康状態ではないが、過去の長期間の入院中に「ワーカーホリック」のレッテルを貼られたので今迄の仕事以外に現在の自分の体で何が出来るかを考えて、経営の多角化をして自分にしか出来ない事をしている。「今日はどんな一日になるのだろう?」と思いながら会社へと向かう。
そう、私は「片脚の現役ランナー」だから仕事もゴールまで走り続け、負ける事は自分が許さない。
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